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SINCE1981 世界初のヒップホップ・ダンススクール

ファンキージャム・ストーリーfunkyjam story

第5話

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最初のブレイクダンス・メンバー

テレビで紹介されたことでいきなり有名になってしまいましたが、それには3名のダンス好きがいたからです。

女性の多い生徒の中にポップロック好きの男性がいました。
カズマとツヨシの他に数名いましたがこの2人の進歩が早かったのです。

タカシは横浜のディスコへ行った時にダンス上手だったので誘ったのがきっかけです。彼は素晴らしい足の使い方をしていました。
その当時は上半身を使っていなかったので、やり方を教えると物凄い勢いで上手になりました。
ダンスはある所まで見て覚えることがでできるのですが、個人に合う的確な指導で早く上手になります。
しかし全ては好きなことと沢山踊ることのできる環境です。

映画フラッシュダンスで傘を持ち後ろへ滑るのを見て驚きました。
ムーンウォークに驚いたのではないのです。
地面がコンクリートかは不明ですが、運動靴でやるのはかなり大変なことだからです。

ストロークを大きくする為に大きな運動靴で爪先でやる。
爪先ではタカシもやっていましたが、体重の軽い子供だからできるのでしょう。
私も挑戦しましたが身体的に無理と実感しました。

動きもぎこちない事が面白かったりしているので、ブレイクダンスは子供のものと思い、できるだけ若い生徒をメンバーにしようと思いました。

それはファンキージャム・ブレカーズを結成しようと思った時でもあったのです。


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それにはいくつか必要な事があったのです。
スクラッチのDJ、そしてラッパーです。

以前お話した通りDJはモンチ田中、ラップはロバート・チィリーT・マーシャルです。

その頃、日本にいたアメリカンブラックの人達にラップやビートボックスをできる人がいたのです。


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松山のお祭りにて 山車に乗ってDJをする

モンチの後にメンバー入りしたDJのデジィ・レイ・ブーン
メンバーに恵まれて幸せでした。




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